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2008年7月

2008年7月31日 (木)

貪欲は才能

こんばんは、けんです。

太陽が照りつける季節になってきました。といっても、こないだの雷といいまだ不安定な季節なんですかね。テストも明日で終わりだそうで、後輩のみなさんお疲れ様でした。テストとコンクールで吹奏楽部の下級生はしんどそうです。泣いても笑ってもあと4日。悔いのないものにしたいですね。

最近の情宣的報告としては、こないだ前期の反省会をしようと思って9時半に学校集合だったのですが、私以外の二人は30分遅れということで完全になめきっていますね(笑)私もそれをみこして10時集合にはあえてしなかったのですけどね。まあ反省会といっても3人なので、最近話題のポニョの話をしたり夏休みの話をしたり・・・完全に馴れ合いですね。まあちゃんと話すとこは話しまして、前期はポスターにしろHPにしろ作ることで精一杯で、作ってからどうするかというところの各部署との連携が足りなかったかなと思います。ある種説明不足であり、やる意味という部分のコンセプトが明確でなかったのかなと思われます。

コンセプトが明確でないのは、アイディア重視のメンバーだからかなとも思いますが・・・。

あと、話していて気づいたこと、それは情宣ってこつこつやる人が向いているんだなって。こういった結論に至ったのは、このブログも含めて、日々新しい情報を発信していくことが、思った以上に難しいということからなのですが、私たち3人は、新しいことをする時には、他のことを犠牲にしてもそれにつぎ込むのですが、なかなか毎日の業務的なことが苦手という性格なもので、そういった結論に至りました。

ただアイディアを実行することは多少なりともできたかなと。ノウハウが少ない私たちが、ポスターを作り、映像を作り、その他新歓グッズなどを作れたことは、自分自身やればできるんだなと自信がつきました。また来年以降にも今年以上のものを作っていってほしいということで、学んだことを惜しみなく引き継ぐことも大切だなと。

なにより、情宣はメッセージを伝える意味では様々な方法が考えられるので、来年以降もアイディアをだして形にしていってほしいですね。

自分も前期やろうと思って若干延期しているのもあるので、本腰入れないと・・・。応援団Tシャツ作るとかN氏と話していたことを思い出しました。

まあでも、今の情宣は役割を果たしているかは周りが客観的に判断するとして、こつこつ型であろうとアイディア実行型であろうと、その人の才能なんだろうと思います。

才能っていうとすごい能力と思われがちですが、そういうことではなくて、自分の行動を左右するような価値観といった感じです。つまり、みんな何らかの才能をもっているということ。例えば人が成長するのが自分の喜びになることとか、努力すること、思いやりをもつこととか、一人一人違うのはそういった様々な才能がちりばめられているからだと思うのです。

情宣に必要な才能・・・。なんだろう、逆に言えば人をまとめるとか、計算が得意とかはあまり必要なさそう。むしろ、モノを使って気持ちを伝えるとか、まあこつこつも必要かなあ。理想の情宣像があいまいなのでなんともいえないといった結論になってしまいますね・・・。

周りからは、パソコンが使えて、カメラが使えてといった技術的なイメージを持たれやすいですが、それは、素人の自分達がどうにかやっているところから、その才能はあるに越したことはないにしろ、さほど気にするほどでもないのかもしれないですね。むしろ素人の自分を支えてくれる人がたくさんいることに気づかれます。例えば計算機センターのインストラクターさんなんかは、顔見知りになるくらいお世話になっていますしね。サポートしてくれる環境はこの世の中ですから、心配することはありません。むしろ、自分が困った時に、何に困って、どうしたいのかをしっかり伝えられる才能が必要なのかもしれません。

そういえば、情宣のみんなはよくしゃべる。そして困ったら2時でも3時でも電話をしてくる。彼女たちは貪欲だ。

2008年7月24日 (木)

感謝

こんばんは、けんです。

7月21・22日、第八代團長で前桜援会会長の前田兼利先輩の通夜と告別式が執り行われました。

私は22日の告別式に参加させていただき、案内のお手伝いと最後に院歌を歌いました。

当日は曇り。暑さはあるものの、風が少し和らげ、お昼には日差しも見えました。

前田先輩は現役の頃から、応援に吹奏楽が必要であることを訴え、当時様々な人脈や関係者からお金を集め楽器を購入し、応援団に吹奏楽部を作りました。この吹奏楽部は先輩が卒業してから数年後、リーダー部ともめてしまい全員が辞めてしまいます。当時応援団は男の世界。今でこそ、リーダー・チア・吹奏楽が一体となって構成されているのが当たり前ですが、当時はまだまだリーダーの方々のイメージの中に吹奏楽が入る余地はなかったのだと思います。これはこれで当時の価値観として生きていたものだと思います。そういった時代の中での前田先輩の真に選手を鼓舞する応援のスタイルへの追及と、それを達成するための行動力や実行力は尊敬しなければいけないと思います。

こないだ完成した吹奏楽部第10回定期演奏会記念誌の中の福井憲彦学習院大学学長の御挨拶の中で演奏会当日、学長先生の隣で前田先輩からこれまでの吹奏楽部の発展の過程を伺ったと挨拶の中でお書きになられています。

誰よりも吹奏楽を応援団の中で必要とし、現在の部が創設されてからも様々な支援をされ、先輩の夢であっただろう吹奏楽部が10回の定期演奏会を迎え、OBOG現役が一緒になってハーモニーを奏でている姿をどんな気持ちで御覧になっていたのでしょうか。喜んでいただけていたのならこれ以上の幸せはありません。

告別式で院歌を歌う前、団長が団員に向かって、感謝の気持ちを持って心をこめて歌いましょうと言いました。團旗に包まれた棺が車の前に到着した時、私の心の中は先輩が現役だった50年前にタイムスリップした気分になりました。そして50年後の今日、自分がこうやって院歌を歌えることに感謝しました。きっと先輩の情熱がなかったら今日の自分はいなかったかもしれないと思うと、大声で歌わずにはいられませんでした。

吹奏楽部第10回定期演奏会記念誌のタイトルは「感謝」です。

私はまず自分がこうしていられることができることを感謝しなければいけないと思ったのと同時に、真っ先に感謝しなければならない人を失ってから知ったのでした。

失って気づく大切さやありがたさはたくさんあります。私が出来ることは、感謝の気持ちを忘れずに部活の発展に貢献することと、先輩の思いや情熱を後輩に伝えていくことだと思います。

学習院で事務局長として職員をまとめ、誰よりも学習院を愛し、団の発展を支えてくれた先輩。その記憶を忘れることなく、一人一人が挑戦していくことが先輩への恩返しであると思います。

御冥福をお祈りいたします。

2008年7月22日 (火)

10年分のフェルマータ

こんばんは、けんです。

最近、ホント暑いですね。私はここんところ、いい年して毎日短パンはいています。ラクでいいんです。できるだけ不快な思いを避けられるように考えると、短いのを選んでしまうんですよね。

今はテスト真っ盛りというところでしょうか。日曜日に部活がありましたが後輩が嘆いていました。私は4年なのでもうテストも終わり夏休みです。でも、去年まではがっつりテストがあったので、終わると夏休みだーという心境でしたが、今年は微妙ですね。まあどちらにしろコンクールが終わるまでは夏休みが来ないのは一緒なんですけどね。

コンクール目の前ですが、年末の定期演奏会の曲決めも大詰めです。3年生と選曲係りを中心にアンケートを集計して、うまく流れを決めているみたいです。

定期演奏会といえば、昨年が第10回ということで、それまでの10回の軌跡をまとめた記念誌を作成していたのですが、先日完成しました。私は、現役ページで後輩と対談しています(笑)私は作成には立ち会うことはなかったのですが、我が情宣ゆみっちさんが、パソ室にこもって作成したようです。内容も充実していて、自分が現役の時に記念すべき節目を迎えられて光栄だなあと感じました。

また、挨拶などでよく使われる「先輩方のおかげで」「先輩方がいたから」などといった言葉の意味を理解できた気もしました。これらの言葉は当たり前のように使われていて、自分自身深く考えたこともなく、みんなが使うから先輩はそんなに凄いのかあと、でもありきたりな言い方がその尊敬にあたる価値を伝えてくれることはなかったので、なんとなく釈然としなかったのが事実でした。

そんな私が先輩がいたから今があると感じるのは、今や過去の問題の内容ではなく、考えた時間や結果までに導いた過程の質が高かったから部活が発展してこれたのかと思います。

去年OBOG演奏で往年の先輩にあった時、よく今では当たり前にやってる~もあの時はそれをやるのすら大変だったんだよといった苦労話を伺いました。当時は人数も少なく、楽器経験も浅い方が多く、なによりも部として日が浅いために初めてのことが多かったと思われます。そういった中で考え抜いてアイディアを出したこと。そしてそれが後輩に受け継がれ、もっと合理的に効果的にといった風に時代の流れも受けながら部の伝統になっていったことがたくさんあるのだと思います。

なので、私も今当たり前にできていることを、維持するのでは自分のためにもならないし、未来の後輩のためにもならないのだと思います。

また、去年のOBOG演奏など新しい経験を通して伝えられることもたくさんあるのだと思います。例えば、みんな部活が好きだったから、こうやってOBOGがたくさん集まってくれたんだといったことも。

私は10回の演奏会の3回出演しました。どれも同じものではなかったと思います。でも、自分や周りもですが、執行部の方は本当に考えて考えてあの日を迎えたのだなあと思います。悩むことは違っても、同期や先生方と真剣に話し、解決策を模索し、どうすればお客さんに喜んでもらえるかといった根本は一緒だったのではないでしょうか。

悩むことの質が高くなることは、組織の顔ぶれが毎年変わっていても、その組織の質は上がっているということだと思います。

まだまだ発展期かな。今を全盛期にしてはいけないですよね。

いつか、あの時自分が~したから、今があるんだなと自己満足できる日が来るように・・・

2008年7月19日 (土)

人生を変える2ページ

こんばんは、けんです。

最近サボってしまいまして申し訳ありません。何をしていたのかというと、まあたわいの無い生活だったのですが、何か毎日ブログを書く深夜に限ってやりたいことがありまして、そっちに費やしていたわけですね。ちゃんと両立しろって思います。

さてさて私、最近読書が流行りでありまして、ちょっと時間があると読んでいます。それもブログを怠る要因でした。読書といっても、経済的な本?あまり経済経済していなくて、それよりかは、人のマネジメントであったり、どうゆうリーダーが士気を高められるかだったり、社会人に必要な考え方みたいな啓発本っていうんですかね、読んでいてそこまで難しいわけではないので、個人的には入りやすいです。ただ、さらっと読める分ちゃんとものにするために、噛み砕く作業が必要なんですけどね。

なんでそんな本を読んでいるのですかね。これもちょっとした出来事なのですが、ある日、本屋に行ったらそういったコーナーがあって、たまたま手にとって要約を読んでいたら、とても身近なことだなあと感じたんですね。その時私が手にとった本はマークス・バッキンガム著の『最高のリーダー、マネージャーがいつも考えているたったひとつのこと』という本だったのですが、自分も幹部という最高学年として、後輩(特に3年生が部活を仕切っているだけあって多いですが)に意見を言ったり叱ったりすることもあって、でもそれは正しいのかなと思っていた部分があったんですね。正しいということをどう定義するかによって変わってくるとは思うのですが、ついつい自分がやってきたことから、~するべきといった具合にべき論で話してしまっていた部分があって、それは部活の状態から見たときに短期的には効果が出るかもしれないけれども、部活を作っていく側にしてみたら、考えることをやめてしまってそれ通りにしか動けなくなってしまう部分もあるのかなと思うのですね。

さらに言えば、その後輩の成長を止めてしまう可能性も十分ありえるわけで・・・そういった部分で、部活の運営とその個人の成長を両方促すことができる方法はないのかなあという悩みがあったのですが、こういった悩みって悩みと気づいていても知らん振りしてしまうのですね。なぜなら問題が起きていないからです。後輩がはいわかりましたと言えばあたかも正しかったかのようになってしまっていたわけです。

ではわかったと言った後輩は明日から、改善することができるのでしょうか。これは内容にもよると思いますが、わざわざ後輩を呼び止めてまで言った内容です、こちら側が思ったことを自分の言葉で言ったとしても、理解はしてくれると思いますし、努力もすると信じますが、相手の立場を考えないで言った言葉に後輩は無駄な努力をするだけかもしれません。

私は、最高学年でありながら、周りがどうしてもコンクールに視線がいきがちな中で、広い視野から物事をとらえていなかったなあと思います。そして、この部活に足りないと思ってきたことも、だからといって問題として顕在化されていなかったために見てみぬふりをしていたことにも気づきました。

本の要約を読んだだけでそのくらい考えさせられてしまったわけです。

ちなみにまだその本は読んでいません。

私は家に帰るとアマゾンで散々迷った挙句2冊本を買いました。そして図書館から、バッキンガム氏の本も借りました。とても難しそうです。9月まで借りられて良かった(笑)

そして今、本を読みながら色々なことを模索中です。

2008年7月14日 (月)

視点を変える

こんにちは、Nです。

「視点を変える」

大切な事だなと思い出しました。

なぜそう思ったかというと、ゼミ合宿があり、そこで写真を撮っていたのですが、友達が同じものでも全く違うアングルで撮ったりとかしている内に、今まで見えなかった面白い写真が次々と撮れたのです。

これはどんな事にも通じる事だと思います。

1つの事でも、右から左から上から下から、見方を変えれば変えるほど沢山のものが見えてきます。

そして、前日までやりたくない事でも見方によっては、次の日からやる気が溢れてきたり、自分次第でどんな事でも変えられるなって思いました。

私は就活を通して、こんな話を何度か聞いたような気もしますが、いっぱいいっぱいでだんだん忘れていました。

知り合いの方についこの間「自分で勝手に線を引いてしまうのではなくどんな事でも試してみろ、視点を変えたら嫌いな事が1番好きな事になるかもしれない」と言われ、やった瞬間上手くいくこともありました。

こんなもんみたいです。

だから、これからも悩んだ時とかはとりあえず

「視点を変えて動いてみよう」

そう思いました。

2008年7月 9日 (水)

今やるしかない

こんばんは、けんです。

季節の変わり目なのでしょうか、4時くらいに学校に向かう途中、雨が滝のように降ってきて駅まで傘をさしててもびしょびしょになってしまいました。ちなみに通り雨だったらしく、自分だけずぶ濡れで、電車の中の人は傘が濡れている人すらいなかったので恥ずかしかったですが・・・。

今日の部活は合奏でした。学生指揮者の3年生が指揮をふったのですが、色々考えていて、興味深かったなあと思います。指揮をみるのと譜面にかじりついているのではどのくらい音楽に差があるのかみたいのを、みんなで考えさせるような企画だったのですが、問題提起をして代表で何人かに聞いてもらうことで、聞く側、吹く側両方の意見を集め、今後どういった演奏をそれぞれ心がければよいのかを発表して、それを意識して合奏するといった形式で、わかりやすく段取りもよかったと思います。

指揮をみるか見ないかだけでこんなにかわるのですねということを、体験する。これは後々大きな説得力となるなあと思いました。

百聞は一見にしかずといいますが、音楽でも見ることももちろん、実際に聞いてみると理屈ぬきで説得力が増すことが多いものです。

本番までにやることはたくさんあると思います。ただ合奏もなんとなくではもったいない。一つでもいいからみんなをまとめられるテーマをつめていくことが大切だと思います。

週末は先生合奏。テスト前の大切な合奏。どういった気持ちで取り組むか・・・ここが正念場だと思います。

2008年7月 7日 (月)

合同運動会について

こんばんはーNです。

私は現在合同運動会の係りもやっていて、今日はその合同運動会の会議がありました。そこで出た意見でどうしても団員全員に知って欲しいと思った事がありました。

それは私達の演技の事。

もともと、この運動会、「障害のある人もない人も、お年寄りも一緒に秋の一日を楽しく過ごそう」というスローガンがあります。

しかし、現実問題、障害の重い方やお年を召した方など競技に参加する事が不可能な方も沢山いらっしゃるとの事でした。

しかし、そのような方たちが楽しみにしている事があり、それが「私達の演技」だと仰って下さったのです!!

普段滅多に見る事の出来ないものであるし、見ていて楽しいと言う事で年に1回しか見る事の出来ない私達の演技を1年経った今でもとても楽しみにして下さっているという事でした。

団員の中には秋の1行事と捉えている人もいるかもしれませんが、見て下さっているお客さんの中には運動会なのに、競技には出れないけれど、演技を見ることを楽しみにしてくれている人もいる。

どんなイベントでもそうですが、自分達にとって10回の内の1回でも、見る人にとっては最初で最後かもしれない。ある人にとってはその1回が一生忘れない思い出の1つになるかもしれない。

文章だと上手く伝えられたか心配ですが、とにかく私達が考えている以上に演技を楽しみにして下さっている人がいるという事を知って欲しくて書きました。

私は直接、そのお話を聞いて、本当に全員に聞いて欲しいと思ったほど、心が打たれました。

最高の演技をして、より多くの人に楽しんでもらいましょう!!

2008年7月 6日 (日)

幹事のお仕事

こんばんは、けんです。

7月も5日たちましたが、最近もう梅雨明けしたかのような暑さ、つらい。ただ、まだじとじとしている暑さなので、夏のようなからっとした感じとは違いますね。私は、かなづちということもあって夏嫌いだったんですよ。小学生の頃の夏は憂鬱でした。でも最近はむしろ夏が好きになってきて、かんづちは相変わらずですけど、プールとか海も行ってみたいなんて思ったりします。やはり、夏の夕焼けが感慨深くってすきです。今年も花火行きたいですし、学生生活最後の夏休みなので満喫しようと思っています。

とまあ個人的なこと話しましたが、昨日は幹事会がありました。幹事会というのは、各部各学年に幹事という、調整役であったり、三部の運営を仕切ったり、各学年の代表的な役職で、毎回行事の反省や今後について、各部各学年で出た意見を幹事会で発表して、行事の改善や、秩序の維持、アイディア創出などをする、いわゆる団の心臓みたいなところですかね。そんな幹事会に今回は幹事以外の団員も呼んで、より一層考えを深めよう的なことで、私は幹事ではないのですが、吹奏楽部の4年を代表して行ってきました。

幹事会は報告と問題点をどうすればよいかのディスカッションに分かれていて、報告は事前にレジュメが配られているので、補足程度で、どこを優先的に解決するかを司会の幹事長が提案して、それに沿ってディスカッションを行う形式でした。

やはり、20人近くいる中で意見を言える人と、ふればちゃんと答えてくれる人がいて、その辺の見極めは幹事長さすがだなと思いました。3年生はさすがに自発的に意見を言っていましたね。2年生もすでに去年体験している経験や、アイディアを積極的に言っていました。

私が幹事会で印象に残ったことは、結構細かいところまでどうすればいいのかという討論をするのだなということです。やはり毎行事反省をするということで、反省の内容も細かくなってきており、いわゆるディティールの部分のこだわり的な討論が多かったです。しかし、挨拶や礼儀、行動のすばやさなど毎回でる反省もあり、解決の糸口を見出そうとするのですが、日々の慣れや意識が必要な部分も多く、なかなかその場の即興で解決することではできないことがあるのも事実です。

団員が出した反省が毎回大体同じということは、それは変わっていないといわざるをえません。それはちょっとしたアイディアで解決することでもなければ、ルールを作ったところでみんなが納得して取り組めるものでもないなと思います。言ったことしかできないとするならば、応援団は慣れ合いの部活になってしまいます。幹事の方にはたくさんの物理的な仕事があると思いますが、もっとソフトの部分を浸透させていくことも必要だと思います。

幹事長は、幹事会というものは、1・2年生は応援団の常識に囚われないアイディアや何事にも失敗を恐れずに取り組むことができ、3年生は2年間の経験と準幹部としての、来年に向けた志をみせるところであると言っていました。そしてそこで決められたことは幹部会議を通して、実行できるように最大限の努力をすることも誓っていました。

私は、幹事のみなさんに尊敬される幹部になるためには、幹部になるまでに精一杯やり遂げることであり、幹事という役職は適していると思いますと言いました。

尊敬される先輩になることが全てではないと思いますが、応援団である以上は下級生から尊敬されてこそ先輩であり、そのための努力をしてこなかった人が先輩になった場合、迷惑をこうむるのは後輩であり、ひいては三部全体に及ぶと思います。ちょっといいすぎかなと思いますが、先輩は先輩の部活において、先輩の背中の良し悪しは伝統を受け継ぎ繁栄させていくためにも必要なんだと思います。

幹事長も私も意見は同じなんだと思います。幹事長は役職の長として、今できることを言い、私はいち幹部として、少し先を見据えたことを言ったのだと思います。

幹事は小さなリーダー。2年生はどうやって同期に一歩前に出る勇気を与えられるか。3年生はどうやって同期はもちろん後輩にメッセージを伝えられることができるか。その人なりの方法があると思います。反省や次回の改善を決めたらそれをどうやって落とし込むかは、それぞれのやり方があると思います。

自分なりの方法で、自分しかできない方法で周りに影響力を与えていたら、頼もしい人間になれると思います。また難しい問題があるからこそ、自分を知って、成長して、変えられるのだと思います。

秋にがんばっている姿を期待しよう。そして幹事を支える周りの姿にも期待しよう。

2008年7月 2日 (水)

情熱の行方

こんばんは、けんです。

昨日はとても刺激的な経験をすることができました。なぜなら、小泉政権での郵政改革、経済財政諮問会議等でおなじみの竹中平蔵氏の話を聞くことができたからです。これはとある経済学部の授業でのゲストだったのですが、私はこの授業を履修していませんでしたが、めったに聞ける話でもないと思い、バイトを早退して行きました。

何が刺激的だったかといいますと、私は政治学科で4年間日本の政治のダイナミクスを政治的な視点でみてくる授業を受けていましたが、今回は経済学者である竹中氏がどうやって政治という世界で改革を行ったのかというだったので、視点を変えるだけで同じ話がこうも変わるものかと納得してしまいました。

小泉元首相の話や、構造改革、環境問題、日本の未来など多くのことを語っていただきましたが、特に印象に残ったのが、大きなことをするときのリーダーの素質として、強い情熱を持っていることと、物事の細部まで気を配り少しずつ着実に物事を進めることがゴールにつながるということでした。これは小泉元首相についてだったのですが、小泉元首相は郵政改革をするにあたって、逆算していくつかのゴールを設定して、絶妙なタイミングで行動に移したそうです。

そしてもう一つ、アジェンダについて。アジェンダとは議題とかいいますが、竹中氏の言葉を借りると、ボーリングの真ん中のピンみたいなもので、わかりやすいことであったり、もし真ん中のピンに当たったらたくさんのピンが倒れるように、何かワクワクさせるようにひきつけるものとおっしゃっていました。アジェンダをどう決めるかが大切で、国論を二分するようなアジェンダが設定できれば、反対する人もたくさんいるが、賛成する人もでてくるそうで、その時にどのような政策提案ができ、粘り強く交渉できるかが勝負だそうです。

このようなことを話していただいたと思うのですが、私が感じたことは、常に考えなければいけないことなんだと思いました。そして考えるためには知識が必要になってくるので、努力をしなければならないことも。そして考えさせる環境を作ることが、リーダーには必要で、そこで自分の情熱を伝える様々な仕掛けをだしていくものなのだということも。

まず私は日本人として日本がどういう立場におかれていることを様々な視点から知る必要があると思いました。同時に国というマクロな組織から、学校、部活などミクロな組織までそういったことはいえると思います。知るとどうなるか。努力しなければいけないところ、もっと自信を持ってもいいところがわかると思うんですね。そして、おのずと将来的にどういったポジションにいることがベストなのかもわかってくるかなと。そのために考える。むしろ疑問や健全な状態は何かと思う心を養う。

そして今の状態をしっかり把握していると、先のところまで視線が向かうのですね。自分も今を理解し、今後の動向に関わる要因を探し、論理的に先のことについて話せる人になりたいと思いました。

90分が短いと感じたのは久しぶりでした。

2008年7月 1日 (火)

手探りの日々から逆算の日々へ

こんばんは、けんです。

もう7月になってしまいましたね。つまり半年がもう過ぎてしまったわけですけど、なにげなく毎日が過ぎ、それが1週間となり、その1週間が4回くるともう次の月。1か月先なんてまだと思っていてもあっという間だったりするのですね。

まあ当たり前のことを言っただけですね。ただ、毎曜日決められたことをこなすだけでは、新たなものは生まれないし、あとから振り返った時に、何も思い出せなかったりするものです。つまりイレギュラーなことがあれば、張り合いもつくし、記憶にも残るかなということなのですが・・・。

そんな中で私は、飲んでいます(笑)色々な人とです。呑むことも好きですが、部活だけでは喋りきれないことを話したり、違うメンバーといるだけでも刺激的なものです。

そういった中でNさんもブログに書いていましたが、情宣のみを行いました。情宣といっても4年の3人しかいないので、吹奏の後輩を何人か呼んで行いました。チアはNさんだけしかいなかったのですが、いつもと違うメンバーが一人いるだけでも、楽しみ方が変わってくるものです。呑んでいるうちに、今度は~な企画をしようだったり、新しいアイディアを出したりもしました。やはり、情宣も半年たって、一人でポスター制作もできるようになってきたので、質を落とさないためにも、早めに引継ぎを行いたいなと思いました。そのためには、部下がいてくれれば、作業のスピードはもちろん、アツイ情宣スピリットも受け継いでいってくれたらいいなという期待もできますしね。

また先日、我が学習院大学応援団が所属している全日本学生応援団連盟に加盟している応援団吹奏楽部の方々と交流会をかねた飲み会を行いました。このきっかけとして、昨年連盟祭において連盟歌の合同演奏がきっかけとなって、個人的に参加した同期の各大学の吹奏楽部の方と仲良くなり、今年はさらに参加校を増やして、昨年以上の演奏をしようということで、まずは交流会ということになりました。普段は、試合の時は敵となる学校も、応援団吹奏楽部というつながりで共通する悩みや共感できるところが多く、私自身学ぶことも多かったです。私は、去年に引き続き指揮をさせていただく予定なので、一回きりの演奏とはいえども、学校によっては部員が少なく大人数で吹く機会もないということなので、少しでも大学生活の思い出になればいいなと思って、今から準備していこうと思いました。

以上、最近の私の飲み会について報告させていただいてのですが、いきなり毎日を変えることは不可能に近いものです。私もそうですが、日々の反省や改善も来るべき次に備え、毎日を過ごしていっていると思います。合理的に考えれば、刺激が欲しければ、新しいことをすればいいけど、失敗や何も得ることがなければ次に進むこともできません。そういった意味で、毎日にちょっとした変化を与えていくことが効率的であったりするわけです。

しかしながら、ちょっとした変化を毎日続けることも難しいものです。ただ私の苦手なダイエットのように、毎日ちょっとした努力をし続けることが大切なことも事実です。

私は、ちょっとしたきっかけから、この飲み会に参加し、予想以上の収穫を得ることができました。そしてここから得た種から芽を出すためには、日々色々なことをしなければならないと思います。しかしその努力の結果、芽が出たのならば、今までの日々にはなかった光景や、感情を手にすることができるかもしれません。逆にゴールから逆算してみれば、それまでにやらなければいけないことが、想像以上にあり、理想のゴールを目指していく過程が刺激的に感じるかもしれません。

そう、私が毎日がなんとなく過ぎていくのは、自分の中に目標設定ができていなかったからなんだと思います。それを知ってか知らぬか、私はゼミにおいて普段は月に1度程度しか報告をしないのに、最近毎週発表しています。来週までに課題を仕上げるという目標があるからこそ、奮い立たせてくれるのかもしれません。

毎日がなんとなく過ぎていく一方で、卒業まで、定年まで、死ぬまでの日にちは刻々と減っているのも事実です。そう思うと、いつゴールかもわからない道を進むより、あとどれだけでゴールかがわかっていた方が、前向きになれる気がします。ゴールまでわかっていれば、早いうちから効率的な方法をとれるわけですからね。

部活は常にゴールが点々としているもの。だけど手探りで進んでいる気もします。結局みんながゴールを意識して逆算しなくちゃ自分が今やるべきことなんてわからないのですね。やるべきことがあっても意味を理解していなければ、間に合わないオチとなってしまいます。それがわかっていれば、一人一人のやるべき量やスピードもかわっていく。特に吹奏楽は、スタートラインがどうであっても、全員が同じタイミングでゴールしなくちゃいい音楽はできない。

私の中でカウントダウンが始まりました。

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